2022.01.28

CROSS TALK #1

昨年9月にローンチした空間デザインユニット「SPACE IN BETTER(スペースインベター)」。いまだ謎の多いこのユニットについて、今回はその全貌を明らかにすべく、仕掛け人であるストックデザインラボの北嵜剛司と、アーティストの沖賢一の二人にインタビューを実施。その結成の経緯から今後の展望まで、全3回の連載記事として公開します。
インタビュアーは、沖氏とも親交が深く、福岡のカルチャーやクリエイティブの分野で活躍する三声舎の三好剛平さん。本プロジェクトの魅力を、アートやカルチャーの側面も絡めながら紐解いていきます。

三好 剛平 1983年福岡生まれ。三声舎代表。福岡を拠点に文化芸術にかかわるプロジェクトの企画・運営、執筆などを行う。 九州のアート・カルチャーを紹介するラジオ番組「明治産業presents OUR CULTURE, OUR VIEW」製作・出演。


「スペースインベター」とは

三好:まず、「スペースインベター」とは、どんなことをやるプロジェクトなんですか?

北嵜:「スペースインベター」は、アーティストの沖さんと僕らストックデザインラボが組んで、沖さんの世界観を店舗やオフィスの空間に落とし込む空間デザインユニットです。

三好:なるほど。更にそもそもの質問になりますが、ストックデザインラボは普段どういうお仕事をしている会社なんですか?

北嵜:ストックデザインラボは、空間デザイン会社です。ブランドコンセプトは「響き合うデザイン」。関わる方と共につくることで生まれる「響き合い」から、新しいコトやモノ、可能性みたいなものを、空間デザインを通じてかたちにすることを意識しています。沖さんにも以前「響き合うデザイン」をテーマに作品を描いてもらって、今もオフィス内に飾っています。

三好:ここでいう「響き合い」とは、具体的にはどういうものでしょうか?お客さんから求められるものとの「響き合い」ですか? それとも、空間自体が語り掛けてくるものへの「響き合い」ですか?

北嵜:僕らが得意とするのは古い物件のリノベーションで、時間の価値や、そこに関わる方のストーリーから滲み出てくるものを大事にしています。新築はイチから新しく作り上げていくものですが、リノベーションは、「その場所」を感じ取って、かたちにするというか……。
例えば、壁を壊したときに現れるコンクリートの表情ってありますよね。その時代ならではの工法や、手仕事の質感など、そこにしか宿り得ないものを、常に空間から感じ取るようにしています。あと、街の空気感。例えば春吉には、薬院や平尾とは違う、春吉らしい味がありますよね。そういうものを大切にしながら、空間に落とし込みます。すると、入居者たちが、その場ならではのリズムやインスピレーションを感じながら活動するようになるので、空間がさらに育っていくんです。

三好:これまでストックデザインラボが手がけられてきた物件は、お店などの商業系のものが多いですか?

北嵜:個人住宅や賃貸住宅、そして商業施設。大きくはこの三つですね。

三好:今回の「スペースインベター」のように、外部のデザイナーやアートディレクターと組んでデザインされることも多いのでしょうか?

北嵜:普段はインテリアデザインの会社として、図面を描いたり素材を選んだりは自社でやっています。ただ、プロジェクトによっては、より良い空間や世界観を伝えるために、イラストレーターさんやアーティストさんともご一緒することもありますね。

「スペースインベター」結成のきっかけ

三好:今回「スペースインベター」を始めるきっかけは、どんなものだったのでしょうか?

北嵜:きっかけは沖さんからのお声かけでしたよね。

沖:そうですね。僕がある時、空間をデザインしてみたいと思って、北嵜さんに、「ちょっと頓珍漢なこと聞くかもしれないですけど……」と前置きをしながらお尋ねしたんです。「僕には空間づくりについての専門知識は無いんですけど、空間デザインのお仕事ってやらせてもらえたりするんでしょうか……?」、すると快く「一緒にやりましょう」と言ってもらえて。

三好:すごい話ですね!(笑) もともとお二人のご縁は、長いんですか?

北嵜:2、3年くらいですかね。福岡ボートの手前にある元・質屋のリノベーション物件「Maruhachi」(※)のはじめに、オープンスタジオイベントで9日間、沖さんに絵を制作していただいた時からの付き合いです。
(※)福岡ボートレース場の入り口にあった築35年以上の『丸八質屋』を、スモールオフィスやスタジオが同居する多機能ビルにリノベーションしたプロジェクト。

三好:今後「スペースインベター」が手がける空間は、店舗やオフィスなどに特化されるとお聞きしていますが、これは、沖さんがもともとお店の空間をプロデュースしてみたかったからですか?

沖:僕としてはまず、空間全体をキャンバスと見立てた作品づくりをしてみたかったんです。でもそれは、住宅ではなかなか叶わないなと。というのも、例えば奥さんのこだわりの冷蔵庫があるとか、暮らしの中の具体的なニーズが増えざるを得ないことを考えると、自分の作品として空間を提案するのは少し違うのかな、と思ったんです。となると、僕の表現が入ることで内と外に新しいコミュニケーションが生まれるような、店舗や事務所の方が向いてるのかな、と。

三好:そこは、デザインとアートという2つの表現が関わるところかなとも思います。相手のニーズにどれだけ機能的に応えられるかというデザインに対して、沖さん自身がまずやってみたいことは、やっぱりアートの表現からくる発想に近そうです。

沖:お客様との話し合いの中で自分の表現をどんな風に持っていくか、すり合わせながらつくっていけるんじゃないか。そしてそこにこそ、なにか面白いことが起きるんじゃないか、という予感があるんです。そして僕に足りないデザインの部分は、ストックデザインラボさんと組むことによって補ってもらえる、という。

三好:なるほどなあ。アーティストである沖さんが、もとある空間を見た時に降りてくる「あ、こういうことやりたい」というインスピレーションを、北嵜さん側がデザイン側の翻訳者となりながら、お二人とお客様がいっしょにチームとなって実現していく、ということですね。

北嵜:そうですね。

三好:これは沖くん、なかなかわがままなプロジェクトをかたちにしたね。(笑)

沖:そうなのよ。だから、最初に話をするときにも「本当、訳の分からないこと言いますけど、すいません……」って言ってたんだけど、「やりましょう!」って言ってくれたのは、驚きで。

三好:北嵜さん、懐深いなあ……。

北嵜:いや、僕は単に、沖さんのファンなので。

三好:なるほど!

北嵜:僕らとしても、まず「沖さんが空間を造るとどうなるんだろう?」ということに興味があったんです。それに、デザインは問題解決のための手段なので、ときに受け身的になってしまうこともあります。そうすると、僕らの目指す「響き合い」がいつか行き詰まってしまうんじゃないかという感覚が、ずーっとあったんですよ。そんなときに沖さんが声をかけてくれたから、「わ!これはもうすぐやらないと!やりたいです!」って。

三好:お話を聞いていると、沖さんとストックデザインラボのあいだには、新しいかたちのパトロン的な関係としても成立しているようで、面白いなと思うんです。つまり、作家がやってみたいことを、ある企業さんが持っている資金やそれ以外のリソース、ネットワークを活用して、実現できる可能性を模索していく。それを肩肘張らずに、「面白そうだからやる!」と軽やかにやってみる流れが、いま、地方で切実な「ローカルのアーティストどうやって食っていくんだ問題」への希望にもなりそうです。それに何より、北嵜さんご自身が沖さんのファンであるっていうのが、本当に良いですよね。

おふたり:うふふ。

三好:とはいえ実際のところで言えば、北嵜さんはこれがちゃんと商売として成立するかどうかを信じられないことには、新規事業としてはじめるのも難しかったのかなと思います。生々しい話になりますが、北嵜さんには「これはいけるぞ!今以上にもっと響き合えるぞ!」みたいな予感がありましたか?

北嵜:予感、ありますね!うちの商品は「空間を提供すること」であって、個人の方へは住空間を、店主の方には商業空間を、賃貸オーナーには賃貸事業の空間をそれぞれ提供しています。その中で僕らが新たにアーティストの「アート」を表現できる場と、その場を成立させるための「デザイン」をサポートできることに、ヒントがあると思っています。

北嵜:先ほど三好さんも言われたように、ローカルのアーティストさんが今後どう収益をあげて、良い作品を作り続けていけるかについてのサポートをさせてもらうことが、僕らの本業での「響き合う」部分にもつながっていく予感があるんです。今でも作家さんのアトリエづくりをサポートすることはよくありますが、その延長として、これからもっとアーティストさんの作品表現そのものをサポートできるようになること。そこには、僕らの事業の特徴やデザインの幅を広げられる可能性があるんじゃないかと思っています。
そしてまた、アーティスト特有の、能動的に問題提起していくアクティブな感覚も、僕らには新鮮です。どちらかといえば、デザインは「待ち」の姿勢で、依頼されて始まるものです。だけど、アーティストがもたらしてくれるアクティブな波に僕らも乗ることで、例えば、今福岡だけでやっているものが、アジアなど、僕らの力だけでは辿り着けないところまで連れて行ってくれるんじゃないかというような期待もあるんです。(笑)

三好:さて沖先輩、どうですか?今のお話をお聞きになって。

沖:恥ずかしいっす。まるで目の前で奥さんに愛してるって言われてるみたいで。そんなこと思ってくれてたのかぁ……、みたいな。(笑)

三好:わはは!ちなみにこのユニットで手掛けられた空間は既にあるんですか?

北嵜:まだ、これからなんです。

三好:それじゃ、アーティスト・沖賢一の能動的な問題提起も、これからに期待ですね。(笑)

沖:やばいやばい! 今日って、こういう会でしたっけ? (笑)

撮影:目野つぐみ


CROSS TALK #2 に続く▶

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