沖賢⼀の作品が「空間」へ広がるまで
三好:沖さんはこれから、平⾯的に絵画を完成させるのとは違うかたちで、「空間」の作品づくりをしてみたい、とお話しされていました。きっかけは何だったんですか?
沖:ずっと平⾯の作品をつくり続けてきたんですけど、2020年にBENTONY STUDIO(※1) を出すときに、空間デザインのようなことからスツールの商品まで⾃由に造ってみたことが、⼤きかったですね。
(※1) 福岡・六本松にある沖と美容師のスタジオ兼売店。1階が沖の制作スペースと売店、2階が美容師 池田さんのサロンスペースとなっている。
それまでずっと平⾯にとらわれてきたけど、この経験のおかげで、結局⾃分の頭の中で「かっこいい」や「アートだ」と思うものを形にしさえすれば、それだけで作品として成⽴するんだ、という⾃信がついた。だったらずっとやってみたかった建物や空間も、スツールと同じように⾃分が作れば、アート作品として成⽴するんじゃないかと思ったんです。それで居ても⽴ってもいられなくなって、バカなふりして北嵜さんに聞いてみた感じです。(笑) それに、もともと僕が、建築からアートから⾊々やっているフンデルトヴァッサー(※2) というアーティストが好きで、その憧れもあります。最近は、平⾯以外のものも作っていきたい気持ちが強くなっていて、⾃分のことはもう「画家」でなく意識的に「アーティスト」と名乗るようにしてます。
(※2) オーストリアの芸術家、画家、建築家。
三好:先⽇、僕の友⼈の画家が、カフェ空間のなかに作品を展⽰する形式で個展をしていたんです。そのとき、ああ、絵というのは⼀旦キャンバスのなかで画⾯が完成するけど、これを別の場所に持っていったときには、またその空間のなかで新しい作⽤を⾒つけ直す作業があるのか、と思ったんです。展⽰の度ごとに、空間のなかの⾊の割合や、⽬に⼊ってくる様々な要素との配置を探ること。それはまるで、もう⼀回作品を作り直すような作業であって、ここまでのお話と通じる空間と「響き合う」作品のあり⽅と通じるものがあるようにも感じました。
沖:うんうん。そうなんだよなあ。
三好:話を聞いていると、沖くんはいま、決まった画⾯の中に完結した世界を描くことについては、ある程度⾃信をもってできるようになったのかもしれない、とも思ったんです。そこで今度は作品を空間に物体としてゴロンと⽣み出すことをやってみたら、そこからまた新しい作⽤みたいなものが⾒えてきた。それならば、と今度は壁だ、空間だ、みたいに広がっていってるのかな、と思ったんですが、いかがですか?
沖:うん。そんな感じかも。それに、今の⾃分の作品を⾒てくれている⼈は、僕の昔の絵は知らなかったりするし、逆に昔の絵を気に⼊ってくれている⼈は、今の⾃分の表現を良しとされてないこともある。でも、「いま、⾃分がやりたい事」に逆らわずやり通すことが、アーティストと名乗る⼈間の絶対条件だと思うから、率直にやりたいものをどんどん広げていきたいなと思って。それに「こうしてみたい」という空間を形にできるイメージだけは頭の中にあったから、北嵜さんにちゃんと相談できたというのもあると思う。「もしかしたら出来るかも…?」程度のことじゃ、やっぱりお願いできないから。
三好:つくづく沖くんには、BENTONY STUDIO を⼿がけたことが、⾯⽩い発⾒だったようですね。以前も、あの天井に使ったオレンジの絵の具は、発⾊にこだわって、福岡では⼿に⼊りづらい特殊な絵の具をヒンシュク買いながらも調達するのを頑張った、みたいな話もしてくれたよね。
沖:そう、あれはめちゃくちゃ⾼かった。(笑)
三好:それもやっぱり、空間というひとつの「画⾯」の中に、どの⾊をどう配置するかを決めていく作業だったんだろうね。
沖:「スペースインベター」ではまず内装の仕事をやってみるんだけど、ゆくゆくは外装も、となったとき、それはまちのなかのパブリックアートのような役割も担えることにワクワクしてるんだよね。⾃分の作品が誰かに使われて、ちゃんと動いている、ということがすごく素晴らしいことなんじゃないかと。
たとえば、フンデルトヴァッサーが⼿がけた⼤阪のゴミ処理場は、当然それ⾃体がゴミ処理場として稼働してるわけだし、⾒に⾏って中に⼊ったり、そこで⾷事ができたりする。それは「絵を買って⾃分の家に飾る」とは違う、「アートそのものの中にいる」っていうことをかなえてしまうもので、それはやっぱりすごいことだと思う。
三好:もし⾃分の作品が街のどこかに飾られたとしても、やっぱり市⺠や⼈々と作⽤し合っていなかったら、それはちょっとどうなの?という思いが沖くんのなかにはあるのかもしれない。だからこそ、いまこの時間、この時代を⽣きている⼈たちと「響き合う」ものとして、⾃分の作品を開いて、踏み込んでみたくなった。そのときにはもう絵画に限らない、多様に作⽤できる「場や空間」を求めるようになったのかも、と思いました。
沖:そう、なんか、何ていうんだろうな。愛されるものであってほしい……、というか。誰が作ったかも知られていない、ただその前を通り過ぎられてしまうようなものではなく、なんかこう……愛されたい、というか。(笑)
三好:愛されたい。(笑) 素直で、すごくいいと思う。
沖:「みんなに利⽤される場所に僕の作品がある」のではなく、「その作品⾃体を利⽤してもらえて、愛されている」こと。それを実現できるなら、もう⾃分は絵だけを描き続ける必要もなくなってくるんじゃないか、というくらい素敵なことだと思っていて。
三好: BENTONY STUDIO では周辺の住⺠や、街、エリアに作⽤する実感みたいなものも感じられた?
沖:それはあるかも。BENTONY STUDIO があるからと、友達が近くに古着屋を出店したり、お客さん同⼠が結びついていったり。町の⼈や近所の⼦たちとも遊んだりしていて、なんか、いい場所になってきてるんじゃないかなって思う。まだ構えて⼀年だから、これからなんだろうけど。
三好:そういう意味でも、これから沖くんたちが作る空間は、⼀種の楽器であり、「共鳴」を⽣み出す装置のようなものかもしれない、と思いました。
こちらでまず鳴らしたものが、あちらのどこかにコーンと響く。そして今度はあちらからの⾳がこっちに返ってくる。やがてその響き同⼠が作⽤となって、街全体へと広がっていくようなイメージ。そういう、ある種の装置のような作品を街につくるために、まず「スペースインベター」は⼈が往来して、作品のなかに⼊る現象が⽣まれる「店舗やオフィス」の内装から始めていくんだ、というのも腑に落ちました。
⼆⼈で「スペースインベター」をやる理由
三好:ちなみに、スタートしたての今、これをお尋ねするのもなんですが、北嵜さんは今後、沖くん以外のアーティストともコラボレーションを広げていくような発想はありますか?なんだか、結婚式の場で、あなたは今後浮気はしないんですか、と聞いているような気持ちになりますが……。(笑)
北嵜:いやいや!ユニットとしてやるのは、沖さんだけじゃないかと思っていて。もしかしたらプロジェクトとして別の作家さんをお⼿伝いするとかはあるかもしれないですけど、そこは、今、沖さんの話を聞いて……
三好:ものすごく慌ててる。(⼀同爆笑)
北嵜:いや、変な話じゃなくて!
三好:やばい、幸せだったはずの新婚さんに余計なことを……!(笑)
北嵜:いや、違う違う違う!(笑)
沖:「違う違う違う」って。(笑)
北嵜:いや、いま沖さんの話を聞いて、「ああ、だから僕らはユニットとしてやっていけるんだな」と思ったんです。
僕らは普段、リノベーションをまちづくりの発想をベースにしてやっています。古い建物は、そこで暮らし、働く⼈たちにとってやっぱり⼤事なものだから、安易に壊さず⼯夫して使っていくことが、いつか街の記憶となって残るんだということを⼤切にしている。
そこに、沖さんが今⾔われてたような、建物⾃体がまちの響きの⼀つのポイントになるという、⼀番⼤事な発想が重なっていたのを聞けたのが、嬉しいんです。それは当初ユニットとしてやろうとなった時にはまだ⾒えてなかったものだったから、今⽇確認できてよかったなぁ、と。
それに、この福岡の地で、年代の近い仲間として、僕が社業を通して⽬指す「良い街並み」が、沖さんにとっても良いものなんだ、と信じられたのも良かったなと思います。
三好:確かにお⼆⼈のモチベーションは⼀致していて、上⼿くいきそうな予感がします。沖さんはアーティスト活動をする中で、⾃分の理想を⼀⽅的に差し出すようなやり⽅から、より相互的に、相⼿と響き合うようなものを求めるようになった。その変化は、創作活動を続けていく中で⾃然と起きていったものですか?
沖:うーん。難しいなあ。もちろんやっていく中で気付いてきたと思うけど、その理由は正直、あんまり分かってなくて。「スペースインベター」を始めたことも、これがきちんと⾛り出すためには、まず⾃分が今やってることをもっと伸ばさないとな、と思ってる。次新しいものを作るために、その前のことをただひたすら頑張る。その繰り返し。
もちろん⾃分にとってかっこいいものを作って、どうだ!ていうのも変わってない。そこが無くなっちゃうと良いものが作れないから。だけど、あとはもう流れと、今作りたいものに正直にいるってことくらいで、過程みたいなものはあんまり考えてないのかも。
三好:⾃分が作りたいものをまず、作るんだと。
沖:うん。⼀度それを思いつくと、やっぱりいてもたってもいられなくなるけど、⾃分の今の実⼒では、実現できるものと実現できないものがあって。その中でそれをかたちにする⼿助けをもらえる今の状況は、すごくありがたい。恵まれてると思う。
三好:沖くんはその匙加減を直感的に決めて、歩きながら正解にしていってるようにも感じます。
沖:うん。だからいっつも、ちょっと怖い。新しいものにチャレンジするときも、今まで作ったことのないものを発表するときも、怖いけど、発表しないと次もないから、そこで120点出せるように常に全⼒を尽くすしかないって感じで⽣きてる。(笑)
三好:⾃分たちの⽣活のサイズの中で、「あ、これやってみたい」って思ったときに、今回の北嵜さんとのご縁のように繋がれる、このローカルのサイズ感とネットワークは良いもんだなって、話聞きながらもつくづく思いますね。
沖:そうだね。僕は⼈に恵まれてるなぁ、と⽇々思うよね。
撮影:目野つぐみ